顎骨壊死で入院!
友人から「父が顎骨壊死でS大学歯科病院に入院した」との連絡がありました。
翌日に全身麻酔の手術を行って、一週間くらいの入院になるそうです。奥歯を2本抜歯して、腐った歯茎の下の骨を治療するとのこと。
ずっと口の中が痛くて、頭まで痛かったそうですが、同時期に奥さまが入院していた事もあり我慢されていたのです。我慢も限界に達し、いよいよ手術という運びになってしまいました。
顎骨壊死⁈…もしや…!と思い「もしかしてお父さん、骨粗鬆症の薬でビスホスホネート系製剤を飲んでいましたか?」と質問しました。「父はゾメタを点滴していた時期があるのですが、関係ありますか?」と。
ゾメタ?何、それ??
初めて聞く薬で、調べてみると…
ゾメタは破骨細胞に取り込まれてその働きを抑制する「ビスホスホネート製剤(BP製剤)」に分類されている薬剤です。破骨細胞の働きが抑制されることで、がん細胞の骨転移を抑制します。骨に転移しやすいがんとしては、肺がん・前立腺がん・乳がんが知られています。
稀に重大な副作用として顎骨壊死(がっこつえし)の報告もあります。これは顎の骨が壊死していく副作用で、重篤な場合は手術する必要もあるため、早めの発見が重要です。「ゾメタ(ゾレドロン酸)の作用機序と副作用」より
お父様は数年前に前立腺がんの治療でゾメタを点滴されていたのでした。
歯科では15年くらい前からビスホスホネート製剤と顎骨壊死の関係が注目されていました。私も、歯科の冊子で注意喚起と症例写真を見ていましたが、今回初めて身近なところで実例を耳にしました。
稀ではあるもののこれ程重大な副作用がある薬剤について、病院ではそのリスクを知らせてくれていたのだろうか?投薬後、定期的に歯科で検診とクリーニングを受けるようにと伝えられていたのだろうか?様々な疑問が浮かんできました。
顎骨壊死に関しての冊子をかなり前に一度読んだだけだったので、今回色々と調べてみることにしました。
顎骨壊死の状態がよく解る写真がありました!
図1はあごの骨が見えていますね。骨は脆く感染している様子が伺えます。図2はその部分の骨吸収が広がっている様子が伺えます。硬い歯槽骨は白っぽく見えますが、吸収が進んだ部分は黒っぽく見えます。
日本口腔外科学会のサイトに、注意事項が詳しく掲載されています。
ビスホスホネート系薬剤と顎骨壊死〜理解を深めていただくために〜
歯周病などの感染症では、歯茎は細菌と戦うため炎症を起こします。一方で顎の骨は、病気の部分から一定の距離を保とうとします。骨が細菌に感染すると、骨髄炎などの重い炎症を患ってしまうからです。
細菌から逃げるために破骨細胞が働き、骨吸収という方法で遠ざかる。そのように人間の体はうまく作られているのですね。
報告された症例の多くは、抜歯等の外科的処置や局所感染に関連して発現しています。「ビスホスホネート製剤による顎骨壊死」より
抜歯やインプラントのなどの外科手術のときは細心の注意が必要ですね!
さらにこんな記事もありました。
歯周疾患に関連する骨吸収がビスホスホネート製剤で阻害されると、組織障害や組織への血液供給不足が引き起こされて骨壊死に至ります。また、顎骨に対して抗血管新生作用を示すことで、直接的に顎骨への血流供給低下、修復能の低下がもたらされて骨壊死が引き起こされます。
がん治療にゾレドロン酸の静脈内投与を行っている患者の約20%、経口ビスホスホネート製剤内服者の0-0.04%で骨壊死がおこると推測している報告がある。
ビスホスホネート系薬剤関連顎骨壊死の発生を防ぐ最善の方法は、口腔衛生をよく保つことと定期的な歯科検診などデンタルケアであるとのコンセンサスがある。
★経口剤よりも静脈注射のほうがリスクが高いのですね!
★歯周病や虫歯を予防することや、定期的な検診が極めて重要ですね!
ビスホスホネート製剤の効果と作用機序
骨を壊す過程を抑えて骨量の低下を抑え、骨を強くし骨粗しょう症による骨折などの危険性を低下させる薬骨粗しょう症では骨を壊す過程(骨吸収)が骨を作る過程(骨形成)を上回り、骨量が低下して骨折などの危険が伴う骨吸収には骨を壊す細胞(破骨細胞)の働きが必要となる本剤は破骨細胞の働きを抑え骨吸収を抑えることで骨量の低下を抑える作用をあらわすMedley薬解説より
ビスホスホネート製剤は、身体全体の骨を強くするのに優れた効果をもたらすことが知られています。闇雲に怖がるのでなく薬の性質をよく理解することが大切なのですね。一般の方むけに解りやすく書かれた本がありますので、ご覧になってみてください。著者はビスホスホネート製剤関連顎骨壊死の研究をされている黒嶋伸一郎先生(日本骨代謝学会・長崎大学歯学部口腔顎顔面インプラントセンター)
顎骨壊死を知っていますか? 骨粗鬆症やがん治療中の患者さんが歯科治療にかかる前に
数日後、友人から「先程、父の手術が無事に終了しました!本人は割と元気にしています。ゆうべは緊張でほとんど眠れなかったようで、安堵したのかイビキをかいて眠っております。 おかげ様でありがとうこざいました😊」とご報告いただきました。
私も翌日お見舞いに伺い、お元気そうでホッとしました。多少の腫れはあったものの、痛み止めのおかげか痛みはさほどでもない様子。食事も少しは摂れたようでした。
顎骨壊死というとその名前からして怖そうな感じですが、治療技術の進歩により、痛みや腫れも軽度で手術の翌日に食事が摂れることを知りました。
後日、レントゲン写真を送ってくれました。奥歯を抜いた後の透過像(黒っぽい所)が下顎管に近接しているようです。※下顎管とは下歯槽神経と下歯槽動静脈が交通している骨の中にある管。
日本は高齢化が進み、骨粗鬆症や癌に罹患される方がますます増えてくることでしょう。
歯科治療の際、骨粗鬆症の治療を経験された患者さまには、
- ボナロン
- ベネット
- ボノテオ
- アレンドロン
- リセドロン
- フォサマック
- ダイドロネル
- リカルボン
- アクトネル
などのビスホスホネート製剤を服用されていないか、きちんと問診しましょう。わからない場合は、お薬手帳などできちんと確認しましょう。
乳癌、肺がん、前立腺がんの治療を経験された患者さまには、
- ゾメタ
- アレディア
- パミドロン酸二Na
などのビスホスホネート製剤の点滴静注を受けていないかを確認しましょう。
さまざまな薬の副作用は口の中にも現れることが知られています。私たち歯科衛生士がこれからはもっと意識して口腔内を観察し、ケアに携わっていかなければならないなと、今回の件を通じて改めて考えました。
ビスフォスフォネート関連顎骨壊死(BRONJ)
顎骨の特殊性 ※BP:Bisphosphonate ビスホスホネート
BP製剤に関連する骨壊死が顎骨にのみ発生する理由として、顎骨には他の骨(長管骨や頭蓋骨など)には見られない特徴下記⑴~⑸がありそれらが BRONJ の発生に関与すると考えられる。
⑴ 歯は顎骨から上皮を破って植立しているため、口腔内の感染源は上皮と歯の間隙から顎骨に直接到達しやすい。
⑵ 顎骨のように薄い口腔粘膜に被覆された骨は他に無く、食物をかみ砕く(咀嚼)などの日常活動により口腔粘膜は傷害を受けやすい。粘膜傷害による感染はその直下の顎骨に波及する。
⑶ 口腔内には感染源として800 種類以上、1011~1012 個 /cm3 の口腔内細菌が存在する。
⑷ 歯性感染症(う蝕・歯髄炎・根尖病巣、歯周病)を介して顎骨に炎症が波及しやすい。
⑸ 抜歯などの侵襲的歯科治療により、顎骨は直接口腔内に露出して感染を受けやすい。診断基準
以下の 3 項目の診断基準を満たした場合に、BRONJ と診断する。
⑴ 現在あるいは過去に BP 製剤による治療歴がある。
⑵ 顎骨への放射線照射歴がない。
⑶ 口腔・顎・顔面領域に骨露出や骨壊死が 8 週間以上持続している。臨床所見
正確な発生頻度は不明であるが、注射用BP製剤投与患者におけるBRONJ発生は、経口BP製剤投与患者におけるBRONJ発生にくらべて その頻度が高いことが欧米の調査報告により知られている。わが国においては、欧米に比較して、経口 BP 製剤投与患者における BRONJ 発生報告の比率が高いようである 。
• 骨露出 / 骨壊死
• 疼痛
• 腫脹
• オトガイ部の知覚異常(Vincent 症状)
• 排膿
• 潰瘍
• 口腔内瘻孔や皮膚瘻孔
• 歯の動揺
• 深い歯周ポケット
• X 線写真:無変化~骨溶解像や骨硬化像治療指針
⑴骨壊死の進行を抑える。
⑵疼痛や知覚異常の緩和や感染制御により、患者のQOLを維持する。
⑶患者教育および経過観察を行い、口腔管理を徹底する。「ビスフォスフォネート関連顎骨壊死に対するポジションペーパー」より
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